みちのく潮風トレイル(MCT)へ向かう前に、先にふくしま浜街道トレイル(FCT)を踏破しておきたい。最初はそんなつもりで、浜通りを少しずつ北へつなぎ始めました。
ただ、実際には予定どおりには進まず、FCTを歩き切る前にMCT本編を松川浦から歩き始めることになりました。そのため、この記録はきれいな一本線として一気に進んだものではなく、福島への帰省や家族の予定に合わせて、常磐線やバスを使いながら未踏区間を後から拾っていく歩き方になっています。
舗装路の割合はかなり高く、山道のロングトレイルとは違う疲れ方をします。それでも、浜通りの町、駅、海辺、防潮堤、震災後に変わった風景を、自分の足で通過していく感覚は強く残ります。
この記事では、これまで個別に書いていた記録をまとめ、FCTを終える前に歩き始めたMCTとの重複区間、2025年10月と2026年5月に回収した未踏区間、そして最後に残っていた新地周辺の区間まで加えて整理しています。
#1/勿来〜四ツ倉〜天神岬〜富岡〜夜ノ森
最初の区間は、勿来海岸の南ターミナスから夜ノ森まで。始発の特急で勿来駅へ向かい、海沿いの自転車道や港湾道路、防潮堤沿いを北へ進みました。
序盤から舗装路の連続で、足裏へのダメージは想像以上でした。竜ヶ崎、塩屋埼、四倉、久ノ浜、末続、広野、Jヴィレッジ、天神岬、富岡と、常磐線沿いの地名を少しずつ拾っていく行程です。
天神岬を拠点にしたスラックパックも交えながら、最後は富岡駅から夜ノ森駅へ。夜ノ森は大学時代から気になっていた桜の名所でもあり、ここまで歩いてきたことで、浜通りを北へつないでいく実感が生まれました。
#2/双葉駅〜請戸〜道の駅なみえ
次は夜ノ森から順番に進むのではなく、先に双葉駅から道の駅なみえへ向かいました。
この区間で特に意識していたのは、震災遺構として残る浪江町立請戸小学校の周辺です。歩き始めが早く、開館時間とは合わなかったため、先に道の駅なみえまで歩き、行程後に改めて訪れる形になりました。
距離としては短めですが、双葉から請戸へ向かう道の空気は強く印象に残っています。FCTを歩く中でも、単に距離をつなぐだけではない区間でした。
#3/夜ノ森〜大熊〜浪江〜小高〜原ノ町
4月下旬には、残していた夜ノ森駅から大熊、大野駅方面へ進みました。
この日は常磐線を使いながら、既に歩いた区間を重ねずに未踏部分を拾っていく歩き方です。夜ノ森から大熊、大野駅方面へ進み、その後は浪江駅から小高、雲雀ヶ原、原ノ町方面へ。ログも2本に分かれています。
ここでも中心はロード歩きです。駅と集落、海側へ伸びる道、復旧が進む場所が線でつながっていく感覚があり、山道とは違う意味で、歩いて通過することの重さを感じる区間でした。
#4/MCT重複区間/松川浦〜新地方面
もともとは、MCTへ入る前にFCTを松川浦までつないでおくつもりでした。けれど実際にはそこまで完了できず、先にMCT本編を松川浦から歩き始めることになりました。
ふくしま浜街道トレイルの一部は、みちのく潮風トレイルとルートが重なっています。松川浦から相馬、新地方面へ北上していくこの区間は、MCT本編として歩いた記録でもありますが、FCTの線としても含めることにしました。
防潮堤や海沿いの平坦な道が続き、これまで少しずつ歩いてきた浜通りの延長線上に、東北太平洋岸の長いトレイルが続いていることを実感しました。FCTを終えてからMCTへ向かうつもりが、気づけばそのままMCTへ入り込んでいた、という順番のずれも含めて、自分の歩き方らしい区間だったと思います。
FCT単体の記事としては重複区間になりますが、歩いた軌跡を地図で見たときに、この線が抜けていると松川浦以北のつながりが見えにくくなります。そのため、まとめ記事のGPXにも加えています。
#5/原ノ町駅〜北泉〜大洲海岸〜松川浦
MCTを歩き終えた後、10月の帰省時には、悪天候で山の計画を切り替え、FCTの未踏区間を回収するために原ノ町駅から松川浦方面へ歩きました。
福島駅から原ノ町駅までは、川俣や飯舘を経由するバスで約2時間。そこから北泉、大洲海岸、松川浦へ向かいます。松川浦と外海が接する大洲海岸は、大学時代によく訪れていた場所でした。
震災後に変わった海辺を歩いていると、当時の記憶が何度も戻ってきます。最後は松川浦環境公園のみちのく潮風トレイルのトレイルヘッドまで歩いて活動終了。海の匂いと潮風、懐かしさと寂しさが混ざる一日でした。
#6/Jヴィレッジ〜木戸〜天神岬、真島橋〜磯部〜日立木
2026年5月3日は、MCTの前後で歩き残していたFCTの区間を、さらに回収する日になりました。
まずは原ノ町駅から常磐線で南下し、Jヴィレッジ駅へ。以前は公式ルートから少し外れて海側へ寄ったため、今回はJヴィレッジ駅から木戸、天神岬方面の未踏区間を歩きました。距離は長くないものの、過去の線を補完するための大事な区間です。
その後、竜田駅から原ノ町へ戻り、北泉の先にある真野川河口の真島橋付近から再開。鹿島駅、磯部方面を経て、日立木駅まで歩きました。松川浦周辺は起伏こそ少ないものの、潟湖と砂州、水辺に近い平坦な土地が続き、浜通りらしい広がりがあります。
これで、以前スキップしていた北泉から鹿島、磯部方面の線もかなり埋まりました。残るのは新地周辺の短い区間だけになり、完走がはっきり見えるところまで来ました。
#7/右近清水〜新地駅〜磯山展望緑地
2026年5月4日、最後に残っていた新地周辺の区間を歩き、ふくしま浜街道トレイルを完走しました。
区間としては、右近清水から新地駅を経て磯山展望緑地へ向かう短めの行程です。距離は約5kmほどで、これまでの長いロード歩きに比べればコンパクトですが、最後の線を閉じるための大事な一日でした。
前日に未踏区間を大きく回収し、この日は残りを拾って終点へ向かうだけ。だからこそ、歩いている最中は達成感というより、何度も福島へ戻りながら少しずつつないできた時間を思い返すような感覚がありました。FCTを歩き切る前にMCTへ入ってしまった順番のずれも含めて、ようやくひとつの線として見返せるところまで来ました。
YAMAP活動日記
総括
ふくしま浜街道トレイルは、最初からきれいに順番どおり歩けたわけではありません。MCTへ向かう前に先に踏破するつもりで歩き始めたものの、途中で予定が変わり、FCTを終える前に松川浦からMCTへ入ることになりました。その後も、帰省や天候、家族の予定に合わせながら、残った区間を少しずつ拾っていく歩き方になりました。実際に歩いた日数は13日でした。
結果的には、その遠回りがこのトレイルらしさを強くしてくれた気がします。浜通りは、一本の美しい自然歩道というより、町、駅、海岸、防潮堤、港、復興の途中にある風景を、自分の足で何度も通過しながら受け止めていく道でした。震災や原発事故の記憶を遠くから眺めるのではなく、歩ける日常が戻りつつある場所として通過していく。その意味では、トレイル憲章にある「伝承の道」や「歩ける日常」への思いは、実際に歩いてみるとかなり自然に伝わってきました。
一方で、ロングトレイルとして歩くと、舗装路の割合はかなり高く、感覚としては9割くらいがロード歩きでした。足裏には相当きますし、「トレイル」という言葉から山道や自然歩道を期待すると、少し違う印象を受けるかもしれません。もちろん、浜通りの町や暮らしの中を通ること自体に意味がある道だとは思います。ただ、もう少し舗装路を避けられるルート設計や、迷いやすい場所の道標が増えると、歩き旅としてはさらに歩きやすくなるはずです。
勿来から新地の磯山展望緑地へ。何回にも分けてつないだ線を地図で見返すと、完走という言葉以上に、浜通りへ通い直した時間そのものが残っているように思います。MCTへ続く道として歩き始めたFCTでしたが、歩き終えてみると、これはこれで独立したひとつのロングトレイルの記録になりました。
Route
今回の経路
勿来海岸から磯山展望緑地へ、複数回に分けてつないだ約262kmのセクションハイクです。
GPX を読み込み中です。
標高プロファイル
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