CMSは炊飯器?
作りたいのは、ご飯の方だ

CMSに何を任せ、人が何を確かめるか。AIと運用する今、道具の選び方を考える

先日、PHPの脆弱性とCMSの関係についての記事を書いた。言語や実行環境、公開する仕組みを整理する中で、その手前にある「そもそもCMSには、何を任せたいのか」という話も、改めて書いておきたくなった。

もう一つのきっかけは、自分自身のサイトの運用が変わってきたことだ。今はAIに記事やコードの変更を依頼し、自分で中身や表示を確認しながら直している。CMSの管理画面に必要な機能をそろえる以外にも、サイトを作り、更新し続ける方法があることを、日々のやり取りの中で実感している。

だから今、特定のCMSの機能を比較する前に、道具の役割から考え直してみたい。何を届けたいのか。そのためにCMSに何を任せ、AIに何を手伝ってもらい、自分は何を確かめるのか。

そんなことを考えていて、思い出した例えがある。

昔、CMSを炊飯器に例えている人がいた。誰の言葉だったかは覚えていないけれど、秀逸な例えだと思って、今でも記憶に残っている。

高級な炊飯器もあれば、手頃なものもある。炊き分けや細かな調整ができるものもあれば、米と水を入れてボタンを押すだけのものもある。

でも、作りたいのはご飯だ。

炊飯器を所有することが目的ではない。WebサイトとCMSの関係も、そこから考えると分かりやすい。

そもそもCMSとは何か

CMSは「Content Management System」の略で、日本語ではコンテンツ管理システムという。

記事の本文、写真、タイトル、公開日などを管理し、Webサイトの更新に使う仕組みだ。製品によっては、下書き、承認、予約公開、変更履歴なども扱える。

CMSを使わなくてもWebページは作れる。HTMLやCSSを書いて、サーバーに置けばよい。

ただ、更新するたびにページのコードを直接編集するのは、人によっては難しい。複数人で運営するなら、見た目や書き方のばらつき、誤って別の部分を変更することも気になる。

そこで、記事を書く作業と、ページの形を整える作業を分ける。決められた欄に内容を入れれば、共通の形式で公開できるようにする。それがCMSの大きな役割だ。

炊飯器なら、火加減や炊き上がりを毎回つきっきりで見なくても、ご飯を炊けるようにする道具、といったところだろう。

米と水を入れれば、毎回ある程度そろう

この例えを、もう少し広げてみる。

ご飯を炊くことWebサイトを作ること
米や具材文章、写真、動画などのコンテンツ
水加減や炊き方の設定入力項目、表示条件、公開設定
炊飯器コンテンツを管理するCMS
炊き上がりの形を決めるレシピページのテンプレートやデザイン
炊き上がったご飯公開するWebページ
食卓に出すこと利用者がアクセスできる状態で配信すること

厳密に一対一で対応するわけではない。CMSとは別の仕組みでページを生成する構成もある。ただ、材料を管理し、一定の手順で、繰り返し公開できるようにすると考えれば、役割はつかみやすい。

同じ炊飯器を使っても、米や水加減で仕上がりは変わる。CMSを入れただけで、文章が分かりやすくなったり、必要な情報がそろったりするわけではない。

道具が整えてくれる部分と、作る側が考える部分は、それぞれ残る。

高級な炊飯器が、誰にでも必要なわけではない

毎日の白米がおいしく炊ければ十分な人もいる。銘柄ごとの炊き分けや、細かな食感の調整を楽しみたい人もいる。

CMSも同じで、月に数回お知らせを載せるサイトと、複数の部署が毎日更新する大規模なサイトでは、必要な機能が違う。

後者では、誰がどこを編集できるか、公開前に誰が確認するか、何をいつ変更したか、といった管理が重要になる。多言語対応や、ほかのシステムとの連携が必要な場合もある。

ただし、CMSの値段は、単純な性能の順位ではない。

無料で使える高機能なCMSもあるし、有料でも用途を絞ったものもある。導入費用だけでなく、設定、開発、更新、保守を含めて考える必要がある。

高級な炊飯器を買ったから、毎日の食事が自動的によくなるわけではない。高価なCMSを導入しても、それだけでよいサイトにはならない。

使わない機能が増えれば、設定や操作が複雑になることもある。自分たちが何を、どれくらいの頻度で、誰と作るのか。その方が先だと思う。

手間をかけるからこそ、届く仕上がりもある

ご飯は、電気炊飯器がなくても炊ける。

土鍋という道具もあれば、ガス火や炭火という熱源もある。その組み合わせや火加減、蒸らし方を工夫することで、炊飯器では出せなかった、自分にとって格別の一膳に出会うこともある。

米の粒立ち、食感、香ばしいお焦げ。手間はかかるけれど、そこまでこだわることで得られるおいしさには価値がある。

Webサイトも同じだと思う。既製のテンプレートに合わせるのではなく、情報の構成からデザイン、コードまで一から考えることで、そのサイトだからこそ成立する体験を作れることがある。

文章を読む順序に合わせた余白や文字組み、写真の魅力を引き出す見せ方、迷わず操作できる導線。必要な機能に絞って実装し、表示の軽さまで追い込む。細部を目的に合わせて積み重ねることで、既製の仕組みに当てはめるだけでは届かなかった仕上がりになることもある。

炭火にかけた土鍋のご飯と、下絵や配色を検討しながら作り込むWebサイト。料理と制作の双方で、細部への工夫が仕上がりにつながる。

火加減を見極めて炊く一膳も、余白や導線まで考え抜くWebサイトも。手間と技術をかけることで、届く仕上がりがある。

手間を減らすことだけが、よい道具選びではない。手間をかけてでも実現したい品質があるなら、一から作ることは十分に意味のある選択だ。

もちろん、土鍋や炭火なら必ずおいしくなるわけではない。一から作るサイトも、作り手の技術や検証が伴ってこそ、その自由を品質につなげられる。

そのこだわりを、続けられるか

土鍋で炊いたご飯のお焦げは、おいしい。その日の火加減による違いを楽しみたいこともある。

一方で、毎日決まった時間に、大勢へ同じ品質で提供するなら、ばらつきを減らすことが大事になる。職人の技で毎回そろえることもできるけれど、それを支える人と手間は必要だ。

Webサイトでも、特集ごとに表現を作り込む場合と、複数の担当者が日々お知らせを更新する場合では、求める作り方が違う。最初の一ページが素晴らしくても、その後の更新が滞ってしまえば、サイトの目的を果たせなくなる。

そして、CMSを使うことと、一から作り込むことは両立できる。コンテンツの管理にはCMSを使い、訪問者が見る画面や操作は独自に設計する方法もある。

どこを仕組みに任せ、どこに人の技術と時間を使うのか。仕上がりへのこだわりと、それを続けられる運用の両方から考えたい。

CMSを小さくして、AIと一緒に運用する

もう一つ、今の自分に近い選択肢もある。CMSに託す機能を必要最低限に絞り、制作や更新の作業はAIに任せながら、自分で中身を確認して運用する方法だ。

このサイトでも、AIに記事やコードの変更を依頼し、内容や表示を見て、気になるところを直していく。この記事のタイトルの改行や、説明の追加も、そのやり取りの一つだ。

CMSに記事の編集や画像の管理を任せ、ページの組み立てや表示の調整は別の仕組みとAIで補う。あるいは、AIに記事ファイルを直接編集してもらうなら、毎回CMSの編集画面を開く必要もない。どこまでをCMSに任せるかは、自分が扱いやすい範囲で決められる。

炊飯器にすべての調理機能を求めず、下ごしらえや盛り付けを手伝ってもらい、最後に自分で味を見るようなものだと思う。

ただ、AIに作業を任せられることと、確認がいらなくなることは別だ。文章が自分の意図に合っているか、事実やリンクに誤りがないか、画像やスマートフォンでの表示が崩れていないか。変更内容と公開前のプレビューを見て、必要なら直す。変更履歴を残し、問題があれば戻せるようにしておくことも、運用の一部になる。

CMSの機能を増やす代わりに、AIの作業と人の確認を組み合わせる。そんな続け方も選べる。

もちろん、複数の部署が更新するサイトで必要な権限管理や承認、履歴まで、AIとのやり取りだけで置き換えられるわけではない。自分で確認できる規模なのか、組織として仕組みで担保する必要があるのか。その違いを踏まえて、CMSに残す役割を決めたい。

パックご飯やアルファ化米という選択もある

そもそも、毎回自分で炊く必要があるだろうか。

忙しい日はパックご飯でよい。登山なら、軽く持ち運べて、水やお湯で戻せるアルファ化米が便利だ。

それを「炊飯器で炊いていないから劣っている」と考える必要はない。保存性、手間、重さ、食べる場所。選ぶ基準が違う。

自宅の食卓には炊飯器で炊いたご飯、山のキャンプでは袋から食べるご飯。場所と目的によって、適した道具や方法は変わる。

自宅での一膳と、山での一食。どちらが上かではなく、その場に合っているかで選ぶ。

Webでも、提供されたテンプレートに沿って作るサービスを使う方法がある。既存のブログや情報発信の場で、目的が十分に果たせることもある。

必要な情報が数ページあり、年に一度しか変わらないなら、あらかじめ作った静的なページを置いておく方法もある。更新が必要になったときだけ、作れる人に依頼する方が無理なく続く場合もあるだろう。

ただし、完成品やサービスを利用する方法にも条件はある。用意された範囲で使うこと、料金や規約、サービスの継続性などを受け入れる必要がある。

大事なのは、立派な設備をそろえることより、必要な人に、必要な情報を、無理なく届けられることだ。

炊飯器にも、電源と手入れがいる

電気炊飯器は、電気がなければ炊けない。使い続ければ汚れるし、部品が傷んだり、故障したりもする。

CMSも、入れて終わりではない。

サーバーや実行環境が必要で、ソフトウェアの更新、バックアップ、アカウント管理なども続けていく必要がある。今回のPHPの脆弱性は、その土台にも保守が必要なことを改めて意識する出来事だった。

自分で管理するなら、自分たちで面倒を見る。サービスとして利用するなら、その一部を提供事業者に任せる。それでも、誰に編集権限を渡すか、何を公開するかといった運用は残る。

土鍋なら何もいらない、というわけでもない。熱源と、それを扱う知識がいる。手作業のWebサイトにも、制作環境や配信先、それを維持できる人が必要だ。

方法を変えれば、必要なものや責任の置き場所が変わる。手間そのものが、すべて消えるわけではない。

炊く場所と、食べる場所を分けてもいい

炊飯器の中から、そのままご飯を食べる必要はない。炊き上がったものを器に盛り、食卓へ運べばよい。

Webサイトでも、CMSで管理・生成したページを、別の公開環境へ配信する構成にできる。

この場合、訪問者がページを見るたびに、CMSを動かす必要はない。調理する場所と、食べてもらう場所を分けるようなものだ。

CMSの管理環境で問題が起きても、配信済みのページを引き続き見られる構成にすることもできる。ただし、更新できるかどうかは別の話だし、検索や会員機能などは別途考える必要がある。

その場で注文に応じて作るのか、先に用意しておくのか。ここにも、目的に応じた選び方がある。

まず、どんなご飯を誰に出したいのか

CMSを選ぶ前に、考えておきたいことがある。

  • どんな情報を、誰に届けたいのか
  • どれくらいの頻度で更新するのか
  • 作業するのは一人か、複数人か
  • CMSやAIにどこまで任せ、何を人が確認するのか
  • 公開前の確認や承認が必要か
  • 維持管理に、どれくらいの時間と費用を使えるか

一人分のご飯を炊くのか、家族の食事を毎日作るのか、大勢に同じ品質で提供するのか。それによって、必要な道具も段取りも変わる。

今は小さな炊飯器で十分でも、人数が増えれば買い替えてよい。逆に、大きな設備を維持する必要がなくなれば、方法を簡単にしてもよい。

CMSは、Webサイトを更新し続けるための道具だ。

選ぶときには、つい機能や価格の比較に目が向くけれど、作りたいのはご飯の方だった、ということを忘れないようにしたい。

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