2019年4月19日、東京・池袋で乗用車が暴走し、横断歩道を渡っていた母子2人が亡くなり、複数の人が重軽傷を負いました。いわゆる池袋暴走事故です。
この事故は、高齢ドライバーによる重大事故を考えるうえで、今でも避けて通れない出来事だと思います。
加害者となった飯塚幸三元受刑者は、過失運転致死傷の罪で禁錮5年の実刑判決を受け、2024年10月に収容先で亡くなったと報じられました。事故後、車の異常を主張していたことも含め、多くの人に強い違和感と怒りを残した事故でした。
私の高齢者ドライバーへのスタンスは、当時から変わっていません。
年齢だけで一律に切るべきだとは思いません。ただし、認知機能や身体能力が落ち、危険な運転をする可能性が高い人に、これまで通りハンドルを握らせ続けるべきではありません。生活の足が必要だという事情はあります。それでも、他人の命を奪う可能性がある以上、「本人の自由」だけで済ませてよい問題ではないと思います。
怒りを個人攻撃で終わらせない
池袋暴走事故では、加害者の経歴や呼称、事故直後に逮捕されなかったことなども含めて、多くの批判が起きました。私自身も、報道の扱いには強い違和感がありました。
ただ、いま改めて考えると、この問題を個人への怒りだけで終わらせてはいけないとも思います。
どれほど立派な経歴があっても、運転に必要な認知機能や身体能力が落ちていれば、事故は起こります。逆に、経歴や人格に関係なく、危険な状態の人が運転できてしまう制度そのものを見直さなければ、同じような事故はまた起きます。
大事なのは、誰かを特別扱いすることではなく、誰であっても危険なら運転できない仕組みにすることです。
75歳以上の死亡事故リスク
警察庁の資料では、75歳以上の高齢運転者による死亡事故は近年増加傾向にあり、免許保有者10万人当たりで見ると75歳未満の約2倍とされています。また、75歳以上の自動車運転による死亡事故では、車両単独事故の構成率が75歳未満より高いことも示されています。
全体の交通事故件数は長期的には減ってきています。それでも、高齢運転者の問題が軽くなったわけではありません。
むしろ、団塊世代が75歳以上になり、運転免許を持つ高齢者が増える中で、認知機能や身体能力の低下をどう検知し、どう運転から離れてもらうかは、これからさらに重要になります。
現行制度だけでは足りない
現在、75歳以上のドライバーは免許更新時に認知機能検査を受ける必要があります。また、75歳以上で一定の違反歴がある人は、運転技能検査に合格しなければ免許を更新できません。
これは必要な制度です。何もしないよりはずっとよい。
ただ、私はこれだけでは足りないと思っています。
認知機能検査は、更新時点の検査です。運転技能検査も、対象は一定の違反歴がある人に限られます。つまり、検査と検査の間に状態が悪化することもあるし、違反歴がないまま危険な運転を続けている人もいるかもしれない。
運転は、日々の判断と反応の連続です。数年に一度の検査だけで安全を担保できるとは思えません。
車両側にも制限を入れるべき
自動車メーカーは、自動運転や快適装備の開発を進めています。それ自体は悪いことではありません。
でも、本当に優先すべきなのは、危険な状態の人が運転できないようにする仕組みではないでしょうか。
たとえば、免許証やマイナ免許証と車両を連動させ、有効な免許でなければエンジンがかからないようにする。一定年齢以上では、車両側で簡易的な反応速度や注意力のチェックを行う。急発進、踏み間違い、異常な加速をより強く抑制する。
もちろん、技術だけで事故はゼロにできません。誤作動やプライバシー、地方の移動手段、費用負担など、考えるべきことは多い。
それでも、「運転者が危険な状態でも、車は普通に動く」という前提を変えない限り、同じ問題は残り続けると思います。
返納だけでは解決しないが、返納は必要
地方では、車がなければ生活できない地域が多くあります。買い物、通院、家族の送迎。公共交通が十分でない地域で、免許返納だけを求めるのは現実的ではありません。
だからこそ、移動手段の確保と免許返納はセットで考える必要があります。
オンデマンド交通、地域の送迎、タクシー補助、買い物支援、医療機関への移動支援。こうした仕組みがなければ、高齢者本人も家族も返納に踏み切れません。
ただ、それでも危険な運転を続けてよい理由にはなりません。
本人が「まだ大丈夫」と思っていても、周囲から見て明らかに危ないなら、家族や地域が止めるべきです。本人のプライドや生活の都合より、歩行者や自転車の命の方が重い。
身近な事故として忘れられない
私の身近にも、高齢運転者による事故で命を奪われた人がいます。
当時、娘が通っていた新体操クラブの先輩だった15歳の女子高生が、80歳の高齢運転者による事故で亡くなりました。駅まで徒歩7分ほどの道のりを、妻を送るために車を運転していた途中の事故だったと記憶しています。
信号待ちの車列でブレーキとアクセルを踏み間違え、歩道側に進み、道路脇の柱との間に挟まれて亡くなったと聞きました。
こういう事故は、ニュースの中だけの出来事ではありません。自分の家族や、子どもの友人や、近所の誰かが、突然巻き込まれる可能性があります。
だから、私はこの問題に対して強い言い方をしてしまうのだと思います。
悲劇を繰り返さないために
高齢ドライバーによる事故をゼロにするのは簡単ではありません。
それでも、できることはあります。
75歳以上の検査をより実効性のあるものにする。違反歴の有無だけでなく、家族や医師、地域からの危険サインを制度につなげる。安全運転サポート車を普及させるだけでなく、危険な運転操作そのものを車両側で止める。免許返納後の移動手段を整える。
そして何より、家族が見て見ぬふりをしないことです。
身近に危なっかしい運転をしている高齢者がいるなら、言いづらくても止める。返納を勧める。運転しなくても生活できる方法を一緒に考える。
「まだ大丈夫」という本人の言葉を、そのまま信じてはいけない場面があります。
本当に、こんな事故はもう最後にしてほしい。
そのためには、感情だけでなく、制度と技術と家族の行動で止めるしかないのだと思います。